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スラーへ

どんどん遠ざかるカウカバンの町。

カウカバンの町を出てのんびりとこの遠ざかる町を何度も振り返りながら歩いた。離れるほどに、この町が高台の一角に寄り添いあうように作られたものだとわかる。道の果てにあるけれども、町の後ろは青い空と白い雲があるだけだ。
高台のため、そして空気が乾燥しているため景色は鮮明だ。日差しが強く感じる。
前を見ると一本伸びた道がカーブするまでだんだんと細く小さく伸びている。ずっと先にある平らな大地は地平線であるかのようだけれど、それは地平線ではないんだ。私がいるのは岩山の上、先の先にはまたはるか先を眺めることが出来る崖があるのだろう。
目の前にある大きな雲が、とても近くて改めてびっくり、感動。

約5分くらい歩いたところで後ろから車の気配がした。乗せてもらおうかとも思ったけれどいや、まだ高いかな、もう少し歩きたい気分でもある。そう思って少し減速してくれた車だけど、そのまま歩いた。
でも、さらに2〜3分ほど歩くと、ああ、乗ったほうがいいかなぁなどとあっさり後ろに期待を始めた。すぐに来たのは乗り合いタクシーだ。ここで拾えば少し安いか、と思ってとりあえず振り向いて、タクシーを止めるしぐさをするも、中の人たちは「残念ながら」という仕草をして通り過ぎて行った。満員だったのだ。
さらに少し歩くと、荷台のある車が来た。乗りたい仕草をして見せるとあっさり、乗せてもらえました〜。
出来ることなら荷台に乗って高台のカウカバンから下る景色を楽しみたいと思っていたからこの車、この荷台は願ったり叶ったりだ。タクシーではない。大体いくらくらいか、それともただなのか。

荷台に乗っていたのは兄弟らしいお兄さんと女の子。微笑んで私を受け入れてくれた。自分たちがつめて荷物ひしめく中で私が座りやすい場所を作ってくれた。
どこまで行く車か。
本当につたない会話とボディーランゲージだけだったけど、なんだか楽しい時間だった。いくら払えばいいのだろう。「いくら?」と聞くと、彼らは当然のごとく「いらないよ。」と答える。「でも・・」
「じゃぁ、写真撮ってくれたらいいよ。」
お兄さんがうれしそうに背筋を伸ばして私のファインダーに入った。
それを横でうらやましそうに見る妹。私が彼女をとってもいいかという仕草を見せると、それはどうやらダメらしい。粘る彼女にすぱっとダメだしをしていた。たかが写真なのだけどね。ダメなんだなぁ。
でもね、お兄さんが私のファインダーに微笑むその影から妹もかわいらしく微笑んでいたのよ。

まっすぐな道のすぐ上に雲。

ぐるりと回ってカウカバンの側面が見える。

荷台で一緒させてもらった兄妹。

正面に見えるのがカウカバン。

カウカバンから見えた裏側にある町。

まさに山の中の道。くねくね回ってさっきまでいたカウカバンが遠のいたり近づいたり。でも次第にカウカバンを見るためには私は首を上に上げなくてはいけなくなっている。少しずつ下っている。
眼下に広がっていたため息が出るほど美しい景色は、反面私の目線に近づく。

少しずつ道が平たくなって、道の突き当りが見えた。
どうやら右と左へ伸びる道は幹線らしい。左へ行くとさっきのシバームがあるはずだ。
なんて思っていたら、道の突き当たりで車が停まった。
??
お兄さんがジェスチャーで教えてくれました。
この車は右に行くけれど、私が行くシバームは左なのだそうだ。つまり、私が乗れるのはここまで。
あわてて車を降りて、お金は本当にいいのかとジェスチャーでたずねると、兄妹に運転席のお兄さんは「当然」という表情を見せて、にっこり笑って去っていった。

なんて・・・なんて優しい、居心地のいい国なんでしょう。お金がただで済んだからじゃない。人と人の譲り合い、助け合いが旅人にもこんなに身近にあるなんて。彼らがしてくれたのは私が旅人だからではない。彼らの普通をただ(偶然旅人だっただけの)私に同じようにしてくれただけだ。心を楽しく心地よくさせる本来の旅の楽しみ方を味わっているような気がした。

降りた場所はまさに分基点で、私が降りた後も左右からの車がここで停まり、いつの間にか一人だった私の周りには7〜8人の人たちが同じように車を待っていた。
その合間に、挨拶程度のアラビア語にジェスチャーで話を始める。すると、お兄さんたちはこの場所からシバームと反対の方向を指差して今日シバームへ来たときと同じように人が眠る仕草を見せた。
??
そして次の仕草は上からたくさんのものが落ちてくるような仕草だ。
思い出した!
日本を発つ前に見たネットのニュース。サナア近郊でがけ崩れが起こって何十人もの人が下敷きになって亡くなったのだ。
それが、この場所からすぐ近くでの出来事だったなんて・・。
指差された方向を目を凝らしてみると、その痛々しい崩れた崖が肉眼で見えた。 ああ、ここでたくさんの人が亡くなられたのだ。
朝からみんなが教えてくれていたのはこのことだった。
高い場所から落ちた岩盤は62の家と84人もの人の命を失ったそうだ。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。このような事故がどうかまたおきることがありませんように・・。


5分ほどお兄さんたちと話をしていると、車が幹線から曲がり、私の来た道を行こうとしていた。すると、一緒に待っていた皆さんが一気にその車の荷台へ走り乗っていく。
「マッサラーマ!」
みんなと私、大きく笑って手を振って別れた。
ぽつん。一人。

カウカバンから下ってきた幹線との分岐点。
左の奥のほうには崩れた岩盤が痛々しい。

はるか高台のカウカバンへ、みんなは乗り合わせて去っていった。

一人になってさて、シバームのほうへとりあえず歩こうかと思っていると、通りかかったカウカバンへいく車から一人のお兄さんが降り、私と同じ方向の車を探している様子。
お兄さんもすぐに私に気づいて身振りで「行こう」と手招きをしてくれた。慣れた足取りで幹線の脇を歩く。一見怪しいような怖いようなお兄さんだったけど、優しい人だった。
「シバーム?」
と、聞かれたけれど、こんな具合なら乗り継いでいけばいいやと、最終目的地を答えた。
「スラー!」

お兄さんは何度か振り返りながら、ずんずんずんずん、シバームへと歩いていく。私も歩く。何もない道だけれど、乾いた岩肌と青い空の大きな景色を歩くのは楽しかった。
思ったよりもすぐには見つからなくて、でも5分ほど歩いたところでお兄さんは大きな荷台を持つトラックに手を上げた。お兄さんの見立て(?)は正しくて、このトラックの荷台にはすぐに乗せてもらえた。自分が乗ってすぐに私の腕を引っ張って、乗せてくれた。
いびつな荷台に座って気持ちのいい風を楽しむまもなくお兄さんは、笑って手を振り降りていった。
道の左手にはシバームの町が見える。私の乗ったトラックはそこを右へとそれていった。

乗せてくれる車を待って歩く、お兄さんの後ろから。

トラックの荷台から見た景色。この高台の上にカウカバンがある。

お兄さんが降りた後のトラックの荷台から。
広い荷台にはガスボンベと日本人がひとつずつ。
さっきまでの乾いた景色から、緑の生える景色に変わる。

しばらく乗って、また、降ろされる。道は3本が交わるようなところ。この車はまっすぐ、サナアへ行くだろう道を進み、私の行きたいスラは左の奥のほうにある。さっきの場所とは違って、(多分)サナアへ向かう道に面しているため、交通量も多く、多少町から離れているものの家や店も数軒ある。
とりあえず、スラの方角にある店の軒先で水を買い、お店の人に行き先を伝えると周りにいた人たちも、任せておけといわんばかりにそれを聞き、店の前を通る車を気にしてくれていた。私一人ではうまく捕まえれなかったかもしれないから感謝。
少ししてすぐにアジア人の面持ちの旅行者・私に興味を持ったベンツが止まり、声をかけてくださる。
わざわざ停まって気にしてくださった家族は、私をものめずらしそうに見る反面、外国人慣れしているような感じだった。とても乗せたそうにしてくださったのだけど、残念ながら私とは反対方向。お断りするしかありません。
10分ほど待った頃だろうか、もっとかかるのかなと、店の前のはずれで道路から目をはずし違う方へカメラを向けていると、大きい声で私を呼ぶような声がする。
車が見つかったのだ。荷台だといいな、荷台がいいな。

荷台でした〜♪
でも今度の荷台は少し残念なような贅沢なような、屋根付き荷台。先客は二人のおじ様。
若いおじさんがちょこちょこ話しかけてくれる。それを歳のほうのおじさんがにこにこ穏やかに聞いている。
乗った場所からどんどん離れるにつれ民家も減りただの荒野が広がってくる。乗ったシバームの周辺は大きな岩盤がたくさんあるものの、そうじゃない場所は他の地域よりも以外に平だった。
スラまでの道のりもしばらくはまっすぐで景色の遠くに数百メートルある岩壁がそびえる見晴らしのいい景色だった。
そして次第に道は緩やかに上り始め高台のカウカバンから見た岩山にくっつくてあるスラーへ近づいているのだとその道が教えてくれていた。
あたりには何のかはわからないけれど、畑が広がっていた。その間をくねくねした傾斜のゆるいのぼりが続く。

ずっと後ろのほうの岩山はカウカバン

スラーが近づくと畑が増えて、また岩山が近くなる。
スラーはその岩山にへばりつくようにあるのだ。

岩壁に寄り添うスラーの町 へ
双子都市カウカバンから先を臨む へ