タイズへ




ジブラから乗ったダッバーブは来た道と同じで一度イッブで停まった。私が降りようとすると隣に乗っていたジブラからの道のりでずっと話をしてきた英語を話せる人が、このダッバーブで私の目的地であるタイズまで行けると教えてくれた。値段の交渉も折り合いがついて少し待つだけで私はすぐにタイズへの道のりにいた。
タイズまでの道のりはイッブまでがそうだったようにとても美しい景観だった。タイズはすでに山岳部ではなく私のこれまでの道のりと比べるとなだらかだろうと思っていたけれど、しばらくは美しさにドライバーさんが何度か速度を緩めてくれた。
それも英語が話せる兄さんのおかげもあって。
とても感じのいいハンサムなザカリヤはいろいろなことを教えてくれながら私の旅路を楽しくしてくれた。ザカリヤも同じにタイズへ行くようで、彼だけではなく彼の友人ハニも参加して彼は英語が少しながらも3人で何度も盛り上がった。
ザカリヤが、ジブラの観光について教えてくれて、私が今日遭った、支払った話をすると、顔に怒りを込めて「ひどい」
私がガイドのユスフに支払った金額は普通の倍であり、荷物を預かってくれた人に対しての金額もありえなく、ついでにこれも、やはり‥だったけれど、自称「先生」は全くのうそで、自分の家の屋上へ招待して、学校へと偽って寄付を募るのは彼の手口だそうだ。
ついでに書くと、私が気に入って買ったミニチュアのカマリヤ窓(ステンドグラスの窓)のお土産も通常より+100YRがされていた。
これは私が適正だと思ったから買ったので、いいけれど、他の納得がいかなかった金額は同じ「やはり」でも改めて、悔しい。
イエメン人に対して人柄の良さを強く感じていただけに、「ああここも、観光地だったのね」と改めて思う。でも、私にとっては払うことがさほど問題とならなくても、私が余分に払ってしまった分、これからの旅人に対して、この「観光地」の人々が「これくらいでもこんな手口でもいけるじゃん」なんて思わせたら悔しい。
ザカリヤが丁寧に教えてくれてお礼を言った。
「観光業の人はひどい人が多いね。ザカリヤありがとう。で、あなたの仕事は?よく知ってるね適正価格とか・・。」
ザカリヤは恥ずかしそうに言った。
「・・・・観光業。」
「あ、ごめん・・・。」
「いや、いいんだほんとのことだし、ボクは彼らとは違う。絶対そんなことはしない。せっかくのメリのジブラでの思い出がそんなものになってしまって残念だよ。」
ハニもおどけて励ましてくれた。
途中何度かこんな景色の町を通る。
坂の大通りの左右に商店が並ぶ。
少し先の緑は、ここも、ガートだ。
私が景色の美しさに感嘆の声を上げると車を止めてくれた。おかげさまでパシャリ。


タイズの町が近づいてくると、他の大都市がそうであるように、周りの景色が活気付いてくる。ましてタイズはイエメン第2の都市だ。サナアとは違った活気を感じていた。
タイズの町ではダッバーブは町のはずれで止まる。そこから私の生きたい旧市街まではさらにタクシーを乗り継がなくてはならない。ザカリヤがタクシーの金額を聞いてきてくれた。それを聞いていたダッバーブのドライバーがほぼ同じ金額で希望のホテルまで行ってくれるという。
「どこのホテル?」
私のガイドブック『地球の〜〜』には数軒の宿。ちょっと高いものが多かったので、他を少し探してもいいかと思っていたのだけど、ホテルまで送ってくれるというなら、少し高いけど値段交渉してみようとホテルを選んで伝えた。
しかしここから、ドライバーさんがタイズの街をよく知らなかったためと、複雑なタイズの旧市街の交通にさらに時間がかかる。お金を払うとはいえ、申し訳ない気持ちだ。この道のり、ザカリヤとハニも同行しくれていた。こういう場合彼らは彼らで追加料金を払っているのか。
ともあれ、彼らのおかげで私は無事ホテルに着く。
あらけっこうキレイ。でも、高いんです!『地球の〜〜』よりもさ!それはこの本の情報が少し「古い」せいと今が「犠牲祭の前」だからだとか。高い・・しかしこれから探す気も起きにくくせっかく連れてきてもらったのに申し訳もなく、部屋を見て金額がまあ適正かと思えたから今晩の宿をここに決めた。
短かい旅路だったけれど数時間を共有したふたりともお別れだ。好印象の彼らとの別れちょっとだけ寂しい。
「よい旅を、メリ!また会おう。」
ふたりはにこやかに私のホテルを出て行った。
ハニ(左)とザカリヤ(右)
ふたりが22歳に21歳には全く持って見えにくいよね。
もちろん既婚者。
「メリはいくつ?」
なんて答えたくない質問だ。
写真映り悪いけど、ザカリヤはハンサムなんです。