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2. アル・アシュラフィヤ・モスク

1. タイズの街
3. スーク

スークの間を通り抜け、山の方へ向かうゆるやかな坂道を歩いていくと高台に白く美しい尖塔が見える。アル・シュラフィヤ・モスクだ。
アル・アシュラフィヤ・モスクはタイズの町の見所のひとつ。
美しいイスラム芸術と高台から見る町の景色を楽しみたい場所だ。

タイズの街は、夕方に到着して午前中に離れると言う中継地的な存在だった。でもせっかく来たのだから旧市街をはじめとした街の雰囲気とさらに何か見れたらなぁと思って選んだのが、このアル・アシュラフィヤ・モスクだ。
朝、朝食の後にモスクへの行き方を聞くとフロントにいた人たちが、一人のおじさんを紹介してくれた。ツーリスト・ポリスの人だそうだ。
「彼に連れてってもらったら安心だよ。」
「いえ、いいんです。一人で行けると思うし。仕事中に悪いだろうし・・。」
人のよさそうなおじさんだったけど、誰かに案内されたりするときを使うので断ったつもりだったが、その後身支度を整えて、フレンドリーなスタッフに挨拶をしホテルを出た。まだ警察のおじさんがいたのが見えたけど、断ったし一緒に来るわけじゃないよね。なんて思っていた。
それがおじさんは私が出てすぐにホテルを出て、のんびり歩く私の少し先を私に気遣って歩いていた。
あ、やっぱり気にしてくれてる。少し見張られているような気もしたけれど、おじさんはできる限り私に気にさせないように歩いてくれていて、私が行きたいモスクの方へと案内してくれた。
しばらく一緒に歩いているうちに、なんだか無口で優しいおじさんが居心地よくなってた。これもイエメン人の優しさなのかなぁ、なんて思いながら歩く。少し高台で白く美しいモスクが目の前に現れた。

アル・アシュラフィヤ・モスクと
連れてってくれた警察の人。

階段を登り入り口をくぐると先の個室から子供たちが出てきた。どうやらここで暮らすか管理する貸している子供たちのようだ。最初は必要ないと断ろうと思ったけれど、モスクの中を見るための鍵はこの子達に開けてもらうしかないようだ。子供たちに連れられて、思いドアが開くと、そこは中庭だった。
中庭に面した部屋では部屋を仕切る木のドアやゲートに細かな細工が施されている。思わず口が開いて声が出る。
「うわぁ」

中庭から見た尖塔

中庭すぐ脇の部屋と棺。

案内してくれた子供たち

その部屋のきれいさを十分に味わうと子供たちに誘導されて少し先の小部屋に入る。
そこにも棺。しかしこの部屋に施された装飾はさらに精巧で美しく、
イエメンのイスラム芸術の粋の高さを実感させられるものだった。

美しい装飾の棺の部屋。

キレイだった〜
と、楽しんで、さあもう帰ろうかと思ったら、子供達はさらに鍵を取り出して、そこにあった重厚な木の扉の鍵穴に挿して回した。
そのドアだけでも十分に歴史を感じることができるようなドアだ。
このモスクは1295〜’97年と、1376〜1400年の2回に分けて建てられた建築物だ。この建物を見れば見るほど、ふむ納得だ。
ドアが開く、さらに私は声漏らす。
「う、わぁぁぁ」
正面にはお祈りのメッカの方角を示したミフラーブがあった。

他のモスクがそうであるように、細かい柄のじゅうたんが敷き詰められ、ドームには降り注ぐ星のように黒の背景に細かなアラベスクが見られた。
私は異教徒なので、イエメンではモスクの入り口までしか入ることはできない。(入れない場所もある)
入り口で立ち止まってしばらくの間その、美しい中の装飾に目を凝らした。

ドアから正面にあるミフラーブ

ミフラーブの上を見上げると
こんなにも美しいドームがある。

モスク入ってすぐにある廊下(?)

モスクから街を臨む。

中の歴史的な作りを楽しんだ後は高台から街の景色を楽しんだ。2度おいしいモスクである。中の美術とは違った楽しみ。

子供たちにお金を上げるべきかなぁと考えていると、中庭の鍵を閉めた時点で子供たちから「お金・・・」と言う言葉を言われる。そうだよね、いろいろ見せてもらったからただなはずはないだろう。
昨日聞いたジブラの子供へのガイド代が200でもいいと言っていたので、子供に払う金額は気持ちだけでいいかしらと50出すも、結局子供一人につき100ずつ払うことになる。ちょっと高い気もするが、しょうがないのかなぁ。

私は昨晩スークを歩いていて病気の息子を抱えた老人の姿を思い出す。できるだけ、自分で働けない人に対しては多少でも喜捨をするようにと心がけているつもりで、実際その親子にもお金を渡していたけれど、それからそのふたりのことが頭から離れないでいた。あの金額は施しとして適正な金額か、あれであの親子は何ができたのか。今ここで、家族も家もあるドアを開けて案内した子供に私は200YRを払った。昨日親子にお金を渡したときに、私はいくら渡すべきだったか悩んだけれど、今改めて、もっと渡せばよかったと悔いていた。
助け合う喜捨の精神のあるイスラムでは彼らも食べていけるのだろう。しかし・・。私からにこりと笑ってお金を受け取った優しい親子の顔が浮かぶ。
私が払いすぎるのはいいことではないんじゃないか、これは適正な価格なのか、そんなことにとらわれて、こんな風に考えるならば、もっと払えばよかった・・。払ったことでそれは私の自己満足に過ぎないのだろうが。
帰り道に彼らを探した。できることならパン1個分でもお金を渡したかった。

来るときに過ぎたアムダファル・モスクを反対側から通り過ぎる。

モスクの入り口では連れてきてくれた警察のおじさんが私がモスクを堪能する時間ずっと待っていてくれたようだ。すぐ入り口のおみやげ物屋さんのおじさんと話をしていた。
おじさんがいなかったらいなかったで、自分で行きたい場所へ行くことはできたけれど、それとは別におじさんがいてちょっと嬉しかった。まだちゃんとお礼を言っていなかったから。
「今からどこへ行くんだい?もういいのかい?」
そう聞くと、また少し前をちょっとだけゆっくり目に歩いて来たのとは違う道から私をスークの外へと連れて行ってくれた。

近代都市タイズ3 スーク へ
近代都市タイズ1 タイズの街 へ

←帰り道に会ったおじさん。
イエメン的装いにサングラスがシブイ・・
にっこり感じのいい人だった。