
基本情報 +α

イエメン共和国 Republic of Yemen
←イエメンの国旗ができたのはまだ南北統一がされた1990年のこと。
基本は旧北イエメンの旗で中央の緑の星がはずされこの形になった。
南のものには赤い星と青の三角があしらわれていたらしい。
この3色はシリアやエジプト、イラクなどでも使われているアラブでよく見られる色。
イエメン国旗については、
赤→独立・革命、 白→平和と希望、 黒→(独立のきっかけともなった)植民地時代の圧制
場所 アラビア半島の左下の部分。
北にサウジアラビア、南にアラビア海から伸びるアデン湾、東にオマーン、西に紅海を擁す。
紅海の向こうにはすぐにアフリカ。エリトリア、ジブチ、ソマリアが近い。
首都 サナア
面積 555,000km2 → 日本の1.5倍
人口 2,000万 → 日本の6分の1
人種 アラブ人(98%)、残る2%はインド系他
→アラブ系でもアフリカが近いせいか、その血も容姿に見られる人もいる。
言語 アラビア語 →他のアラブ語圏がそうであるようにここもアラブの方言(アンミーヤ)が話されている。
話す分にはアラビア語の旅行用会話帳などのフスハー(正当アラビア語)は通じるが
返ってくる答えはアンミーヤなので注意。
宗教 イスラム教(100%に近い)
→厳格なイスラム教なので女性は目だけを出す黒い衣装を着ている人が多い。
そのため、写真に写りたがらない女性も(それを許さない男性も)多く、女性の撮影には注意。
基本的に女性は髪を隠しているので、出していると注目を浴びることもある。
アジア系の女性は中国人の娼婦と見られることもある。
通貨 YRイエメンリアル。1$=195YR
時差 日本のマイナス6時間
気候 気候は地域によって異なりがある。
イエメン北部の山岳地帯は高度が3000mにもなり(首都のサナア周辺は標高2300m)
北部高原地帯の温帯で1年を通じ湿度が低く乾燥しており、快適な気候。ただし朝晩は冷え込む。
→だいぶと気温差があり、1月に訪れた私は夜はトレーナー位でも肌寒かった。
また、高地対策として急に走ったりすると息が切れやすい。
疲れているときは過呼吸になることもあるので(私はなった人)気をつけたほうがいい。
人によってはさらにひどい人もあるらしい。
一方、アデン湾の南部や紅海のある西部の低地沿岸部は亜熱帯性気候で高温多湿、日差しも強い。
とりわけ西部は冬でも30度以上、夏には50度近くまで上がることもある。
→乗り物でも歩きでも日を浴びていたら、日本が冬だったので体調がつかみにくく熱射病になった。
東部の砂漠でも寒暖の差が激しいので防寒対策、暑さ対策を忘れずに。
主要産業 農業・漁業・石油
→石油は周辺国と比べるとごくわずかなため湾岸のようなオイルマネー国ではない。
治安 ヨーロッパの大都市などであるような悪質なスリや引ったくりの類に出くわすことはほとんどないのではないか。
ただし、政府への交渉の方法として(特に欧米系を中心に)旅行者の誘拐が起きている。
この誘拐によって実際に危害を加えられた人は少ないと聞く・・・けど。
(私の旅行した20061月前後は特に多かった)
また、世界的に悪評をつけられたイスラム原理主義的思想の持ち主が多く、アメリカからは目をつけられている国。
アメリカよりの意見や反イスラム的意見などは誤解を招きやすくもあるので会話に注意。
上にも書いたが、髪や顔を出しているアジア系女性は中国人娼婦と間違われ易いので場所によってはスカーフの着用や
他の国以上に自分の行動に気をつけた方がいい場合もある。
略史
BC10世紀以前 古代イエメン地方に南アラビア文明が栄える
AD9世紀〜 ザイード派(シーア派)宗教指導者が支配
16〜17世紀 オスマン・トルコの支配を受ける
1918年 トルコからイエメン王国として独立を果たす。
1962年 共和革命によりイエメン・アラブ共和国(旧北イエメン)樹立
1967年 英国から南イエメン人民共和国独立
1969年 共産政権、イエメン民主人民共和国(旧南イエメン)樹立
1989年 アデン合意。南北統一へむけて。
1990年5月22日 南北イエメン統合によりイエメン共和国成立
1994年 2ヶ月間にわたる南北内戦。憲法改正。