








1 ヒワ到着
2 ヒワの町を歩く
3 朝焼けの町並みとホテル周辺
4 日曜バザール
タシケントを後に、城壁に囲まれた世界遺産の町ヒワへと向かう。
ウズベキスタンに大きく横たわるクズルクム砂漠を越えた先にあるヒワはウズベキスタンでウズベク人とトュルクメン人の暮らす。同じ「ホラズム地方」でもすぐ先はトゥルクメニスタン。
ロシア勢力からも手を加えられることなく残された町。アムダリア川の恩恵を受けたオアシス文明の一大都市という歴史を今だ色濃く残す町並みは町を作り出す土壁の色のせいか、それとも優しい人々のせいか、懐かしく、暖かい。
空港には前日に出会ったウエダさんと一緒に向かった。
国内線は小さい空港だった。そこは開放的な空間ではあったが、開放的な雰囲気とは言いがたい。私の偏見では、ロシア系の人たちは、とても美しいのだけれど、容易に微笑を現さないように思う。それがまた美しさとあいまって、冷たいような、空気にも感じる。
やはり、というか、空港は国の大事な場所なので、撮影は不可。それでもこっそり負けじと撮ったりするのだけど・・。
待合室のすぐ前にバスが到着、飛行機へと向かう。
周りにたくさんある国旗色に彩られたウズベキスタン航空機がなんだか嬉しい。
飛行機のタラップを上るのを待っていると、すぐ横に、日本人?
ヤマモさんだった。彼とはここから出会い、最終日までを一緒にすることになるのだが、そのときはそこまで思わず、今となっては、出会いが懐かしい。
ヤマモさんは、東京から来ていた設計士さんだった。この時期の旅人は会社のお盆を利用しての旅人が多い。私とウエダさんが、おとといの夜のアシアナ航空で着いたのに対して、ヤマモさんは本日の早朝4時(?!)にアエロ・フローとロシア航空での到着。多少の疲れが出ていたが私たち同様に旅への期待が感じられた。
「ヤマモさん、建築を見るのが楽しいでしょうね」
「いや、旅行に仕事は持ち込まない!」
ちょっとおもしろい。
きっと私が見るよりもはるかにこの国の建築様式についてその偉大さを実感できる人だ。
ウエダさん、ヤマモさんと反対側に座っていた親子。
お母様のイスラム的なネックレスに一目ぼれして取らせていただいた。興奮する私たち(私だけ?)をほほえましく見ていた。
到着すると、田舎の空港らしく、周りにはただただ低く緑の景色が広がる。
空港を1歩出ると、早速タクシーの運転手がたくさんいて私たちに声をかけてくる。
私たちがついたのは同じホラズム地方であるけれど、こちらはソ連によって作られた街並みの州都ウルゲンチだ。ヒワへの経路、旅人はここを経由することになるために多くのタクシーの客引きが待っている。
私たちが交渉をして、3人で乗っていくことにしたおじさんの車は旧ロシア車。なんともこの古さが味がある。
空気そのものがタシケントとは全く違っていて、私の求めていた空気に入ったことを感じた。
途中、たくさんのひまわりが緑の大地に鮮やかに咲いていた。
そして、私たちの乗った車はヒワへ。
目の前には世界遺産の城壁に囲まれた旧市街イチャン・カラが。
ふと前を向くと、あれれ?バックミラーから下がっているのはトルコのナザール・ボンジュー?青いお目々がトルコ好きとして、嬉しいじゃないの。トルコとの流れ、交易をこんなところからも感じるなんて。
イチャン・カラ(旧市街)
2.5キロに及ぶ土壁の城壁が作られたのは18世紀のこと。東西南北に4つの門があり、よく使われるのはウルゲンチからバスが発着する北門、そして、メインゲートとしての西門(アタ門)だ。この西門で旧市街の入場料5000スムとカメラ代の1200スムを支払う。この入場券には旧市街内にあるマドラサをはじめ廟などへの入場券もかねているのだけど、入場できるのは一部のため、それぞれの場所で確認したい。
アタ門は1920年に破壊されたものが1970年に再建された比較的新しいもの。
主な観光スポットやお土産物屋さんは、西門から東門へとのびるPahlavon Mahmud通称カール・マルクス通りに集中している。
その通りをちょっと脇にそれると、昔と大きく変わることのない、今の人々の暮らしがある。
西門に差し掛かると、あまりに美しく空の青色で埋め尽くされたカルタ・ミナールに目が釘付けになる。
いきなりのこの美しさはなに!?圧倒されて思わず口が開く。
私のイメージしていたウズベキスタンの青がまぶしかった。
カルタ・ミナール
ヒワの象徴的な存在ともいえるカルタ・ミナールは当初、中央アジアで最も高いミナレットを目指して工事がされていたが、その指示をしたハーンの戦死によって途中26メートルで工事は中止された。
このすぐ横にはムハンマド・アミン・ハーンのマドラサ。今はホテル・ヒワとして使われている。
昼食をどこで取ろうかと決めあぐねているときに、インフォメーションの美佐絵さんから聞いたお勧めのレストラン。値段・味とも納得のものだった。中はとても静かで、すぐ脇にあるため池に面した席などは涼しい風が吹き込み、ウズベキスタンらしい寝台(?)の席で食べる。靴を脱いで上がる寝台では私たち日本人の居心地はより一層○。
二日続けてランチに行った。一日目おばさん・お姉さんはたくさんの玉ねぎを客席の傍らで切っていた。二日目、ウズベキスタンのうどんならぬラグマンを楽しそうに話ながら伸ばしていた。おばさんたちが嬉しそうに出迎えてくれる。
写真を撮ると、お礼になのかフルーツを持ってきてくれた。まだ若い女の子のようにカメラに対して嬉しそうにそして、てれて微笑む姿がかわいらしかった。
アタ門の目と鼻の先にあるレストラン
このレストランを訪れた両日ともにすぐ脇のため池では透明感が高いとは言いがたい水に子供達・男の子たちが競うように飛び込み、暑さを忘れるかのような水遊びを楽しんでいた。
ウズベキスタンではいろんな町で、道のりで、楽しそうに泳ぐ子供達の姿を良く見かけた。
この子達を撮ろうとカメラを向けると、何人もの子が、「待って、待って!」と急いでカメラに寄ってくる。じゃなければ「こっち!こっち」と強くアピール。
しばらくそれが続いたけれど、子供達はまた飛び込み、水遊びに夢中。子供は元気だ。