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colombo

水の湧き出る岩と言う意味があるダンブッラ。
世界遺産の石窟寺院、ここから1時間弱で同じく世界遺産のシーギリヤがある。どちらもそれは見ごたえのある、美しく、すばらしい存在だ。
でも、同じ文化三角地帯にあっても、他の町に比べると、世界遺産がなければ過ぎてしまうような町。
そんな世界遺産のおかげでこの素朴な町に寄れてよかった。

夕方4時半〜5時くらいだっただろうか。私は勢いのいいバスの旅を終えて無事にダンブッラの町に着いた。ダンブッラの町といっても多くのホテルがある旧市街は、現在の都市機能を持つ新市街からは1キロ離れた、大きな荷物を持って歩くにはちょっと遠い距離にある。
前もって泊まろうと思っていたホテルの名前をアヌラーダプラのガイドさんが運転手さんに伝えてもくれていたし、私自身もバスに乗っている運転手さんの補助のようなお兄さんにそう伝えていたので、新市街では他の乗客が数人降りたかと思うと、さらにバスは進み、旧市街へと向かってくれた。
けっこうホテルがぽつんぽつんと並ぶ通りだった。
でもそれ以外はホントに静かで、緑の中に1本走る道路が強い存在感だった。
バスは私のためにゆっくり走り、ここかと思うホテルでお兄さんが私に聞く
「これか?」
「これか?」
違っていたけれど、すぐに近くなことが手元の地図(地球の歩き方)でわかっていたので、私は降りた。
さてどんなホテルなのだろうか。

歩いてほんの数分で私はホテルの受付にいた。そしてその後も5分ほどその場にいた。
ホテルの住人はどうやら買い物か何かに出かけてしまったらしいのだ。つまり待つしかない。中庭もあり、こぎれいでけっこう新しい、感じのいいつくりのホテルだ。
さらにしばらく待ったけれど、つまらなくて、もしかしたら隣の人が何か知らないかと、私はふらりと、お隣の家へと尋ねに向かう。
「あの〜すいません〜〜〜」
ここらへんの家々は先ほど私が降りたアヌラーダプラ−キャンディ間を結ぶ幹線道路の脇に立っていることが多かった。そしてその道路からは少し入り込んだところに静かにある。
この家は電気屋さんのようだった。少し入り込んだ場所では、従業員だろうか8人ほどの男の人がオープンな作業場でなにやら機械を直している。
私が声をかけると、なんだなんだ?とみなが私に振り返った。
中から私のほうへ来たのは、この家のおじさんとおじいさんだった。
「どうしたの?」
「隣のホテルへ来たのだけど・・・だれも、いなくて・・・。ホテルやってますよね?」
「ああ少し前に人を見たから、きっとちょと買い物に出かけたんだろう。待つのかい?」
「はい。」
「よければうちで待ちなさい。」
ううううう、嬉しい。
このやさしさと、そして温かなスリランカの家庭を垣間見れる。

さらに奥に30mくらい進んだところに家はあった。白い壁の美しい家だ。
おじさんが中で誰かを呼ぶと、次々に3人の女性が姿を現した。おばあさんにお母さんに、かわいらしい娘。
汚らしい私に心地よいソファーを勧め、しばらく後には温かな紅茶とクッキーも出していただいた。
私への興味を感じたけれど、とても自然に一緒のときを過ごしてくださった。一緒にボーっとして、私が紅茶を飲み終えるとすぐにお変わりを下さって、普通の時間だった。すごくステキな時間だった。
少し話をして、テレビを見て、お礼にかばんにあったお菓子を上げる。
スリランカ人てこんな人たちなのかぁ。やさしいなぁ。

しばらくして、仕事に戻ったおじさんがまたおうちに戻ってきた。
「隣、帰ってきたみたいだよ。」
ホテルに人影を見たらしい。
「ありがとう。」
私は記念に写真を撮って、感謝の言葉を伝えてそのおうちを後にする。私ってほんとにツイている。優しいスリランカの家族とわずかでもこんな時間が過ごせたこと。

ホテル前。キャンディへと向かうキャンディストリート

おじさんたちがなにやら機械を直していた。

↑待つ私を暖かく迎え入れてくれた家族。左端におじいさん、お父さん娘に、お母さんとおばあさん。
おばあさん、かわいかったーー。

静かなご家族のおうち→
典型的な形なのだろうか。

私の旅は日本のゴールデンウィークだったし、地球の歩き方にも掲載されているホテルはちょっとは混んでいるかと思ったけれど、私がついたときには数部屋ある客室は一つのみお客さんがいて、すぐに泊まることができた。部屋は中庭に面しておりキレイなお部屋で、ベッドには蚊帳がついていた。
夜ご飯は新市街へ出るにはちょっと・・・、と言うことでホテルでお願いをした。スリランカの家庭料理が食べれる。
疲れ気味の私は部屋に戻り、ちょっとと思い体を横たえると、あっという間に数時間、眠ってしまっていた。目が覚めたのはちょうどご飯を約束した8時も少し前の時。ボーっとしているとドアがノックされ呼ばれる。ロビーにあるテーブルで薄明かりの中豪華なお料理を一人ぽつんといただいた。うまかった!
途中ちょっとおじさんと話をして、ご飯を食べ終えると私はホテルの外をしばらく眺め、これから続く旅の力を養うために寝ることにした。さっき起きたばかりなんだけどね。

朝は気持ちよく目覚め。何度も蚊に起こされたけれど約10時間も寝ていた。明らかに昨晩の寝不足のせいだ。
寝る前に洗っておいた服も気持ちよくからりと乾き、リュックへ詰め込む。
自分もシャワーを浴びてなおすっきりした頃に、ドアがノックされた。
外へ顔を出すとおじさんで、朝ごはんのお知らせに来てくれていたのだ。
「昨日の夜遅くに、日本人の女の子が一人来たんだよ」
あらあら、嬉しいニュース。早速片づけをして朝ごはんを食べに行った。
そこに居たのはそれはカツゼツのいい、活発な
かよちゃんだった。
かよちゃんはスリランカ人のお友達がいるらしく、それが今回の旅のきっかけだそうだ。かなり知性のある女性で、でもその知性以上にパワーを持った女性で圧倒された。自分の中にある知識や考えをはっきりとした言葉で伝えることのできる女性だ。
かよちゃんと二人、いろんな話をしたのだけど、私の知らない世界で働くかよちゃんの話は、それはためになることが多くて、大変興味深くいろんな話を聞かせていただけた。
盛り上がって話をしているとご飯も食べ終わった頃に三輪バイクの後ろに座席がついて周りが派手なボディに彩られたスリーウィラーが登場した。
かよちゃんが乗っているスリーウィラーだった。このスリーウィラーで観光地をあっという間に回っているらしい。
かよちゃんはもう旅立ちの時間だ。
私たちは同じ日のフライトだった。だから最終日にコロンボの駅の前で会う約束をした。一緒にご飯を食べて空港に向かう予定だ。

かわいいスリーウィラーに乗る姿を見たらなんかうらやましくなった。これからの旅、私はスリーウィラーを使う予定はない。今日はここから約1時間半ほどにあるシーギリヤを訪れる予定だ。新市街まで出て、1時間に1本程度のバスに乗って行く。
えへ、楽、しちゃおう〜♪
ホテルのおじさんに相談すると近くのスリーウィラーを調達してくれると言う。
予定よりも少し早くに外へ出るとすでにスリーウィラーの運転手さんが待っていてくれた。挨拶を交わし、値段の交渉をする。折り合いがつき、すぐにスタート!シーギリアへ!

シーギリアの行きと帰りに通る新市街の時計台。
スリランカの町の中心には時計台がよくある。

ホントに心地いいスリーウィラーの旅を終えて昼過ぎにダンブッラへと戻ってきた。
ちょっと荷物を置いてからこの町の世界遺産、石窟寺院へ行きたいというとそれは別料金と言うことで断念。歩いて15分ぐらいと言うことだから、しょうがない、かなりかなーーりの炎天下!だが、歩いていこう・・・。
私は少しの休憩の後に旅行用の晴雨兼用の傘を広げ1本走る幹線道路を新市街の方へと歩き始めた。

途中の道には何もないのだけれど、なんか面白かった。道路脇のお店の人やおうちの人に挨拶。すれ違った人に挨拶。時折走り去るバイクや車を見送りながら草を食む牛の姿を尻目に、木陰の柵の上には昨日とは違う顔が肌色のサルが家族で並んで休んでいる。
まっすぐな長い道・・まだなのかーーー!と思う頃、通る度に気になっていた金色に輝くダーガバ(仏塔)に出た。まさにそこが石窟寺院の入り口だった。

↑幹線、キャンディロード

 ←道沿いのお店
←道沿いの柵にいたサルたち。
子供がかわいい〜〜〜!

すぐ近くには学校があるようで、無邪気に笑う女の子たち。
挨拶を交わして過ぎたと思ったら、
外国人の私に興味を持ち走って戻ってきた。
「e-mail アドレス教えて!」
聞いた子は恥ずかしそうに、周りの子もテレながら
私の写真に納まる。

キャンディロードに面したところにあるダーガバ(仏塔)

なんだかしたのデコレーション辺りが私的には
香港の観光客向けの豪華なレストランに見えて
しょうがなかったけど・・・
いや、全く違うものでした。

日本人にとっては仏塔よりもはるかになじみの深い大仏だ。木陰を抜けて現れるこの全体の姿のあまりの派手さにちょっと驚く。
この大仏の前にある広場の右手に駐車場があって、その脇に小さく石窟寺院のチケットが売られている。
石窟寺院の入場料、500Rsだ。日本円にして約600円程度と言ったところか。
着いたときは1時。カウンターの中には誰もいなく鍵さえかかっていた。なんと昼食の休憩時間だったのだ。残念ながら約15分ほど待たねばならなかった。休憩は確か12時半から1時半くらいだっただろうか。もし行かれる方がいらっしゃったら、どうかお気をつけて。
ようやく帰ってきた感じのいいお姉さんからチケットを買いいざ!目的の石窟寺院はこのチケットオフィスと大仏をはさんで反対側。大仏を正面に見た左側に長く続く階段のだいぶと先にあるのだ。

石窟寺院
ダンブッラの周辺は大きな岩山が多くある。そんな岩山の一つを使って作られたのがこの石窟寺院。大きな天然の岩を利用して中のひんやりとした静寂漂う空間はより厳かな空気を漂わせている。
最初に作られたのは2000年以上も前に紀元前1世紀、シンハラ人のの王によってその勝利の感謝の意から作られたという。その後は各時代にそれぞれの美しい絵が描かれるたびに、きらびやかになって行くも、塗り重ねられたものも多く最初の姿はほとんど残っていない。
5つある石窟はそれぞれに下記の名と意味を持つ。
第一窟 デーワ・ラージャ・ヴィハーラ(神々の王の寺)
     寺院最大の仏像があり最古の石窟。
第二窟 マハー・ラージャ・ヴィハーラ(偉大な王の寺)
     ダンブッラ最大の洞窟で、奥の天井から落ちている湧き水が
     「ダンブッラ=水zの湧き出る岩」の由来と言われる。
     壁や天井の壁画は見もの。
第三窟 マハー・アルト・ヴィハーラ(偉大な新しい寺)
第四窟 パッツィーマ・ヴィハーラ(3人の王の寺)
第五窟 デワナ・アルト・ヴィハーラ
      最も新しい1915年に作られたもの。他も17世紀修復が入っている。

長く続く階段を登り始めると、少し前に上るのが見えた日本人の二人連れが向かいから降りてきた。昼にシーギリアでの岩の上のほうで会った日本人の男の子たちだ。
再び二人を挨拶を交わして、すれ違う。
二人はここへついてすぐに入場券なしで上まで行ってしまったらしい。こ、この暑さの中こんな階段を登ったのね〜〜。お疲れ様です。でも、二人がこの場所に着いて階段登る頃はちょうど私も着いたころ、つまりチケット売り場のお昼休みだから買おうとしてもチケットの買える時間ではなかったけどね。
階段の先の石窟寺院で後ほど会うだろうと
「また」
と挨拶を交わし別れるも、それは意外にも早く、私より若いから?二人はあっという間に階段を上りきった先にある石窟寺院へ、チケットを携えてやってきた。

二人は東京から来ていたクールな感じだけど礼儀正しい
ハヤカワさんと人懐っこい感じのするヨウくん。同じ会社の先輩後輩らしい。
毎回のことながら、わざと日本人と接するつもりもないけれど、どうしても日本語と同じ国からこの地を選んだ親近感がつい居心地よく過ごさせる。
ごくごくたまーーに苦手なタイプの旅人に合うこともあるけれど、ほとんどの人がとても感じがよく、気持ちよく旅の時間を共有できる人だ。

←石窟寺院へと続く階段でパシャリ。ハヤカワさんとヨウくん。
後ろには緑豊かなダンブッラとでかくきらびやかな大仏。

上に着くと、石窟寺院の入り口の前には靴を脱ぐ場所がある。そこに並ぶ棚に靴を並べはだしで歩くと、入り口までのわずかな距離がなんてなんて熱いのかしら!
日陰のややひんやりした岩を気持ちよく感じて抜けたゲートの先にはまさに写真のままの石窟寺院が想像よりも長く大きく続いていた。

どの窟を見てもその美しさと静寂にある仏像や人の信仰心の空間に圧倒される。そして、ここまで美しいものをこの自然の作り出した石窟と共存させた人々に感心する。一つ一つの石窟が似ているようでいて、時代のせいだろうか、製作者のせいだろうか、どこか違った空気をかもし出し、人をひきつける。

石窟の中はそれは美しかったけれど、私は日が降り注ぎ、水に美しいはすの花が咲くため池のあるこの場所が気に入った。それぞれの石窟への入り口が並ぶ場所だ。

この場所で、一緒に石窟を眺めたハヤカワさんとヨウくんと炎天下に長い階段を下りる前の一休みがてら一緒に話をした。
たいてい旅で出会う人は私の知らない世界を知っている人で、旅行の話だけじゃなく、いろんな話を聞いて勉強になる。
ここでも、二人のおかげでそんな時間がのんびりと楽しかった。

←石窟寺院の前のこの池はいくつかあって、
その中には魚もいる。のどかだ。

帰り道にこの石窟寺院の前のゲートにはネコがいた。あれれ?よく見るとははネコに子猫。
まだまだ小さい子猫が母ネコにミルクをもらってるじゃないの。私にとってははじめてみる光景。
母ネコの顔には傷があった、とても痛々しかったけれど、この場所が人の信仰心にあふれた場所だからだろう、なんだか子供にミルクを与える母ネコの顔が、慈愛に満ちて見えた。

←微笑みながら覗き込む私に全く興味を示すでもなく、
授乳と言う自分の仕事をする母ネコと無邪気な子猫。

ハヤカワさんとヨウくんと3人で話をしながら大仏のあるチケット売り場の辺りまで下った。
二人はドライバーを雇い効率よくスリランカを回っていた。チケット売り場の前には彼らのドライバー。私はチケット売り場のお姉さんを待つときに話しかけられナンパがしつこかったので、また顔をあわせるのがイヤで少し手前で彼らと別れることにした。
今日、このあと彼らは古都キャンディへ向かうと言う。
私もこの後ホテルへ向かいキャンディ行きのバスに乗る予定だ。
せっかく会ったご縁に、感じのいい二人を夕食に誘った。一人の私は誰かと食べるご飯がなおさらおいしい。
キャンディのケンタッキーフライドチキンで7時の待ち合わせだ。


二人と別れて、私は聞いていたホテルの前から乗る予定のバスの時間までまだ時間があったので、その大仏の下で見つけたインターネットカフェに寄った。暑かったから涼みたかったのもある。
当然、日本語は使えなかったけど、いい休憩の時間になった。

↑ネットカフェを出てパシャリ。大仏前の広場。

来たときの同じまっすぐな道をホテルへ向かって帰る。天気は炎天下。ふと、3日前にまだ春の気候の日本を経ったときを思うと、ビックリするくらいにくっきりと腕には日焼けのあと!ひゃーー!
やっぱりちょっと長いなぁなんて思う道のりだけど、今日私はこの道をさらにまっすぐ進みキャンディへ向かうんだ。

←腕にはくっきりと日焼け!

ホテルへ帰る前に昨日お茶をいただいた優しいご家族の家を訪ねる。もうこの地を後にすることと改めてお礼だけ伝えたかったから。そしてあの温かい笑顔が見たかったんだと思う。
「イストゥーティ」ありがとう。
昨日から何度となく使う言葉をここでも気持ちを込めて伝えた。

ホテルへ戻り時間を確認、ホテルのご家族とかわいい小学生の女の子とちょっと遊ぶと、バスの来る時間だった。
おじさんがホテルの前でバスを待ち、止めてくれた。
私が乗ったのは列車で言うところの急行、インターシティバスだ。
この先が一番楽しみにしている古都キャンディだ!

←途中で見かけた売店。
枝(?)ごと売られてるバナナがーー

←ホテルの娘の女の子。
学校で習っている日本の歌を
披露してくれた。
人懐っこくてかわいかった。

バスに乗ったはよかった。
乗り込むと立ってる人もいて、当然私も立って乗る。乗り込んですぐの場所で安定するように近くを掴んでいた。すぐ後ろにあるバスの入り口は閉まらないままその向こうにすごい勢いで景色が通り過ぎていく。
ああ、ダンブッラの町が遠ざかる・・、な〜んてちょびっと切ない気持ちを持ったのもつかの間!バスが揺れる揺れる〜〜!思わず激しい揺れに手が掴んでいたところから離れ、ほんとにバスの外に飛び出しそうだった!周りの人もあわてて私を抑える。すいませーーん。
ダンブッラまでのバスはこんなんじゃなかったはずなんだけど・・・。インターシティだからか?道路が大きいとか・・?

しばらく経つとちょうど前の人が降りて、二人がけの向こう側に座っていた女性が私に座るよう促した。人懐っこくてきれいな英語を話すムスリムの女性だった。彼女はキャンディへの道の途中にあるマータレーへ向かうところだった。聞き取りやすい英語で会話が弾む。彼女から聞くマータレーの町、そして彼女が降りていったその向こうの景色のマータレーの町はとても興味深かった。仏教の意味ある都市として、スパイスの産地として、有名な町らしい。

一人になって私には眠気が襲ってきた。
私はいつしか眠っていて、ちょっと目が覚めたときには回りはすでに暗かった。
でもまだだ。だからまた寝た。かなり揺れていたバスだったのが、少しだけゆれが小さくなったように感じた。あと少しでキャンディか・・?

シーギリアレディの微笑み
アヌラーダプラ へ

スリランカ