1. ワルザザートの町

2. アイト・ベン・ハッドゥ

casablanka
home
Morocco

マラケシュから見るとアトラス山脈を越えた向こうにある
砂漠の入り口の町がワルザザートだ。
ワルザザートにはマラケシュの熱気や
フェズの花咲いた文化という目立つものはない。
でも、静かで親しみやすい人が迎える、
砂漠と山並みをいただいた美しい町だ。

ワルザザートに着いたのは夜もどっぷりとふけた11時くらいだった。私が利用したのが民営のバスターミナルだったため、着いたのは町の中心から少し外れた民営のバスターミナルだった。
旅行者が行きかう場所なのでホテルは数件並んでいたけれど、この夜遅くに部屋を見せてもらったりもちょっとめんどくさく外れるのもイヤで、私は「地球の歩き方」に乗っているホテルへすたすた向かう。が、そこに声をかけてくる客引き。
「どこへいくの?」「そこはいっぱいだから僕が他のホテルを紹介するよ。あと1室だけ空いてるから。」
この言葉は旅行者ならみんなが疑いそうな言葉だ。私も然り、
「あ、そう。自分の目で確かめるから。」
そう言ってそのホテルへ行くと、「地球の歩き方」に載っているような紳士的な対応で優しく、断られた。
「本当にすいません。満室です。」
「他のホテルもなんですしょうか。」
「はい。」
がーーーーん。客引きのいった言葉は本当だった。こんな時間にこんなことがーーー。理由を聞いてみるとみんながここワルザザートへ押しかけたのは人目王様を見たいためだとか。王様のムハンマド6世を見るためにワルザザートホテルは今日からいっぱいなのだ。
少し客引きを信じてもう、誘いに乗ることにした。さっき通り過ぎたホテルの前へ戻り、そこから中へ。すでに受付に人はおらず、ホテル内の、ホテルの持ち主の住居らしい部屋をノックする。
なんとそれが、
「ごめん、さっきまでは1室って聞いていたんだけど、もう満室だって。」
がーーん。どうすれば・・・。と、思ったときにホテルの人が客引きに何かを話しかけた。
なんと、ホテルの人の住居スペースに泊めてもらえるというのだ。もちろん金額は宿泊代をしっかり払うのだけど、すっかり冷え切ったワルザザートの夜と昨晩は砂漠で寝て少し疲れの残る私にはなんともありがたい言葉だった。だって、はいった部屋がとても暖かくて、普通の部屋だったらたとえ一人で快適でも、こんな風に暖かくはなかっただろうから。
客引きが去り、私は今のほかの人も横になるソファーベッドのひとつを与えられた。ホテルの家族の人たちが客の私の気を使いながらも、興味を持って話しかけてくれる。年長のお兄さんらしき人が私に「何か食べるか?」と聞く。少しだけおなかがすいていて「少し」と伝えると、しっかり1食分のご飯をよそって持ってきてくれた。味付で炊かれたナッツ入りのご飯だった。ああこの部屋でよかったーーーー。家族の人たちの英語はつたなくて、指差し会話長も使っての会話。でも終始ニコニコニコニコやさしく対応してくれて、気持ちも温まって、私は眠りについた。

いつもニコニコしている優しい兄弟。

朝起きて、顔を洗ってしばらくをこの家族と話して過ごす。ホテルの1階はカフェになっていて朝食をとりたかったらそちらでね、と言われ、荷物をまとめて下へと降りた。さすが万質なだけあってたくさんの人が食事をし、宿泊客以外にも人が来ているようだった。
私はホテルの朝食として菓子パンとおいしいカフェオレをいただいてまたのんびり。
おじさんブラヒムさんと弟さんムハマドさんは終始私を気にして、私にニコニコニコニコしながら忙しそうに働いていた。
少しすると昨日私を案内した客引きの人とさらに日本語を話すお兄さんが登場。私を見るなり近くへ来て話しかけてきた。ややしつこい感があるけれど、悪い人ではないようだ。彼らと話したおかげで私が今日行く予定だったアイト・ベン・ハッドゥへ少しだけ時間はかかるものの安い地元の人の行きかたを知ることができた。予定よりものんびりしてしまっていたので、兄弟に挨拶をし、荷物を預けアイト・ベン・ハッドゥへ向かった。

十分にアイト・ベン・ハッドゥを楽しんで帰ってきた。私はすぐに兄弟のいる金のアクセサリーやさんへと足を向けた。兄弟はカフェを曲がった脇にアクセサリーやさんを持っている。
私が顔を出すとほんとにステキな笑顔で出迎えてくれた。
「アイト・ベン・ハッドゥはどうだった?」
「すごかったよ!」
しばらく話してから、私がホテルの部屋がどんなのだったか見たいと言うとブラヒムさんが案内をしてくれた。お部屋やシャワーを見せてもらって屋上へも案内してもらう。屋上からはすぐ脇にある民営のバスターミナルを見下ろし、さらに向こうへと目を向けると低い景色のさらに向こうにはアトラス山脈が見える。きれいな景色だ。
ふと民営バスターミナルの脇の広場に目をやると2〜3の塊で多くの羊たちがいる。ああ!もうすぐイスラムの犠牲祭なのだ!イスラム教でイスラム暦の9月に行われるもので羊や牛を家族や親戚で買い、家で屠って(イスラムの経典にしたがって殺して)家族やご近所、そしてお肉を食べることができない人たちにわけて食べるお祭りのひとつ。モロッコの言葉(アラビア語のマグレブ訛り)でレイード・アドハと言うらしい。私の帰国の少し後にそのイベントを控え、ここで売られていたのだ。

ホテルを見終えてカフェに戻ると昨日のお兄さんが食事をするところだった。私を横に呼んでくれて、ボリュームのあるお皿を一緒にモロッコパンといただいた。
私は今日マラケシュへと移動する。マラケシュ行きの便は多くあるだろうと思っていた。「地球の歩き方」を読んで、そしてこの地理を自分でも感じて、マラケシュへはどうしても明るいうちに行きたかった。途中のアトラス山脈越えの景色が美しいとわかっていたから。
お昼ごはんを終えてお兄さんが一緒にバスターミナルへと付き合ってくれた。民営バスターミナルでは昼過ぎの1便の後はマラケシュ行きは夕方5時半しかなかった。CTMバスを見に行っていたら違っていたかもしれないが、そこへ荷物を持っていってなかったら、と思うと億劫で、そして、この兄弟や仲良くなった人ともう少しだけ一緒にいたい気持ちで、5時半のバスを購入した。時間に余裕があったけれど、かなりバスの席は埋まっていたようで、実際に乗ったときも満席だった、と思う。

一緒に過ごしたいと思ったものの、さて2時間、何しようか。ちょっとだけワルザザートの町を歩こうか。
カフェに戻るとブラヒムさんが、
「タウリルトのカスバ行く?」
と、聞いてくれた。
「もちろん!」
少し待つとブラヒムさんは私を店の裏側へと案内。車の助手席に私を乗せて出発した。

兄弟のアクセサリー屋さんにいたベルベル人の親子。
旅行者の私をものめずらしげに見つめる。

タウリルトのカスバ
ワルザザートの中心部からも程近い場所にあるワルザザートの見所のひとつ。映画の『シェルタリング・スカイ』の撮影にも使われたらしい。20世紀初頭、フランスはここに暮らしていたマラケシュ司令官のグラウィを重用し、モロッコ南部の当地の安定を図った、らしい。

兄弟のホテルの屋上からの眺め

行く途中で、ブラヒムさんは電話やさんか郵便局か支払いか何かを済ませて私をタウリルトのカスバへ連れて行ってくれた。自分だったら通ることのない道で車は進んでいく。
これまでの静かな道から人が行きかう道や豪華なホテルを通り過ぎ、もう少しで町が終わろうとするころに、タウリルトノカスバは現れた。私たちが着いた場所には(正面入り口ではなかったと思う)、いくつものおみやげ物屋さんが並び、その前に並べられた車の間にブラヒムさんも車を止めた。ここでも用があるのかな?一緒に来るのかな?などと考えていると「行っておいで」と私を促してくれたので、私はおみやげ物やさんでポストカードを買ってカスバの中へと進んでいった。
昼に見たアイト・ベン・ハッドゥの印象が強かったので、このカスバにもその印象のままではいったが、ここは全く違っていた。人の生活感が一番。生活感の薄かったアイト・ベン・ハッドゥに比べてここは入ったとたんに子供たちが追いかけっこをしていた。道は細くとても入り組んでいて道の脇では立ち話をする人たちの姿も見ることができる。このワルザザートの見所でありながら私はただ人の生活の空間を歩いていた。不思議な感覚だった。細い道に3回くらいの建物が入り組んで並ぶのでなおさらどちらへ行けばいいのかわからず、ただ歩いた。
分かれ道に差し掛かり右手に入ってすぐに目のあった男の子がフランス語で話しかけてきた。
「ノン アラビー ノン フランセ(アラビア語もフランス語もダメー)」そう告げたのだけど、男の子は続けて話してくる。その仕草からこの建物の屋上に登れるよと言っているらしい。その建物はすでに閉店したおみやげ物やさんの上のようだけど、何度も何度も登りなよ!と言ってくるのでつい疑ってしまった。四苦八苦してそれがお金が要らないということを確認して、周りの人も見ていたし、おそるおそるお店の中から、暗い階段を登って屋上へとたどり着いた。フランス語しか話せない彼ははなし続けながらもゆっくりと優しく誘導してくれた。
「うわぁ!」
下を歩いていたときの生活臭と細い路地がうそのようにナツメヤシが生い茂り遠くにアトラス山脈をいただくオアシスの景色が広がった。
日が傾きかけていた時間があいまって景色は夕焼けでより濃いカスバの輪郭を現していた。
喜ぶ私に満足そうな彼。
やはり彼はそのままわからないと言っている私の横でいろいろな説明をフランス語でし続けた。
シャッターを押し続ける私に彼が「撮ってほしい」と、言っていたようだ。
取ってあげてアドレスを聞こうとしたら、お兄さんアブドゥラティフというらしい、はカードがあるよと、メモ用紙にアドレスを書きをきれいに切り取った用紙を私にくれた。写真を撮ってほしかったのもあるのかもしれないけれど、とても親切でいい人だった。
感謝を伝えて、その場を後にした。

カスバ内部の路地

タウリルトノカスバ、建物の屋上から眺めた景色

モスクの尖塔に夕日が差し掛かる

案内してくれた
アブドゥラティフ

屋上の取り付けられたアンテナが目立つ。

アブドゥラティフが案内してくれた屋上から撮った景色たち。

ブラヒムさんの車の元へと戻ったけれど、その姿が見られない。横に電話があったので、彼に国際電話をした。それから少しブラヒムさんを待ってみたけどいない。ぐるりと周りを見渡してみると、向かいの伝統工芸館(らしい)の階段にたくさん座っている人の中にブラヒムさんの赤いセーターを見つけた。ブラヒムさんもちょうど私に気づき。戻ってきてくれた。
なんと、ブラヒムさんは私がこのカスバを見ている間ずっと、待っていてくれたのだ。
「グッド??」
「ぐーーーーーっど!セボン、トレビアン!」

帰る途中でもブラヒムさんは景色のきれいな場所で私の写真を撮ってくれた。
いろいろ調べたところでお礼の形としてのお金の渡すことがモロッコにはあると読んでいたので、私はわずかながらホテルに戻った降り際にブラヒムさんに「ガスール(ガソリン)」といってお金を渡した。
ブラヒムさんはなかなか受け取ってくれず、最初にお金を渡したときは少し寂しそうな顔だった。渡すべきではなかったのだろうか。
でも、お礼を形にしたかった。
ほんとにいつもニコニコして弟のムハマドさんにもご家族にも暖かいものをいただいた。

ブラヒムさんとムハマドさん、姉妹いとこの女性たち。
ありがとうございました☆

ムハマドさんと
↑奥様
生まれたばかりの
赤ちゃん→

ブラヒムさんと
愛娘。

タウリルトのカスバの
ポストカード

美しき要塞アイト・ベン・ハッドゥ へ
ワルザザートへ へ

少し休憩をすると、もうちょうどいい時間になっていた。マラケシュへむけて出発の時間だ。
兄弟にお礼を言う。着いたばかりのワルザザートで声をかけてくれた、チケットを一緒に買いに行ったお兄さんが私をバスまで一緒に案内してくれる。
本当に暖かな兄弟だった。
お兄さんは、今日の朝から私のつけていたマフラーをずっとしつこくおねだりをしていた。だめだといってもねだっていた。
「ワルザザートは寒いんだよ。ほら耳がこんなに。君がこれから行くマラケシュは寒くないから!お願い〜」
私がマフラーをあげることで、後から来た日本人に「これは日本人の女の子からもらったんだよ」と、言われるかなと思うとちょっと引っかかっていたのだけど、最終的によくしてもらったお礼で、マフラーをあげた。想像以上に寒かったモロッコでとても役にやっていたのだが、マラケシュはこれまでよりも暖かいと言う。
どんな町なのだろうか。
バスは時間通りに出発した。
バスがターミナルを出始めたところで窓越しにそのお兄さんが、私にボディランゲージで教えてくれた。
「頼まれたポストカードはもう出しておいたよ!」
「ありがとう!」
気持ちよく過ごしたワルザザートでの短い滞在だった。