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おもてなしの心
知人のお父様が長くヨーロッパで仕事をしてしみえるそうだ。私がトルコ人と付き合っているということを何かの拍子で耳にしたときに、こういわれたという。
「トルコ人はよくも悪くも人を使うのがうまい人が多い」
私のトルコ歴はたいして長いものではないけれど、確かにある意味で、そうなのかな?とも思ったりする。
だって、トルコ人はそれ以上のことをしてくれるから。
トルコに行くといろんなところで困ったときに手助けしてくれる手がたくさん差し出されたりする。
ただ、大きな観光地ではそれが何か別の目的な人もいるのが残念ながら事実で、そのことでいやな思いをした方やトルコ人に対して、いい印象を持たなかった人もいるだろう。
それはとても残念なことで、私はトルコでの滞在中、たくさんの心からのやさしさを持った人に出会い、時にはそのやさしさに涙したこともある。
どこを旅していても歩いていても陽気に声をかけてくれる人がいる。そして、たとえ少しの時間で笑顔で、チャイを勧める。トルコ人にとってチャイは欠かさないもので、この場合のチャイは家でではなくて、すぐ近くのチャイやさんからの出前となる。本人たちもこれを日に何度となく口にしているものだ。
チャイを飲み終わると、すぐに次のチャイを勧められる。
断っても
、「いいだろう、もう1杯飲んでいけ。なんで行くんだ。もっとここでゆっくりしていけよ」
おうちにお邪魔するとこれはもっともてなし上手なアンネ(おかあさん)から、もっと強く感じることができる。
おじゃましてから少しすると、チャイにおいしいお菓子。お菓子はそんなお母さんの手作りのものがけっこう多い。買ったものでもとてもおいしいトルコのお菓子だけど、これが料理上手のアンネの手作りとあっては極甘なのに止まらなくなる。しばらくすると、当然のごとく、ご飯を作って、
「ここで食べていきなさい。いくでしょう。何で食べていかないの。」
トルコ料理は簡単なものも多いけれど、しかしなんでも本当においしい。これも家のお母さんのものであったらなおさら。デザートまでのフルコースがこれでもかとばかりに並べられ。家族みんなから勧められる。
その次には、ついに「泊まっていきなさい」
こんなことを書くのは申し訳ないが、経済的にも明らかにこちらのほうが恵まれていることが多くある。しかし、それでも、
「あなたは旅人だから、お客様だから、そんなことはしなくていいんだよ」
おみやげ物まで持たせてくれたりもする。
私が少し滞在していた家のアンネ。
すぐはす向かいの家にホームステイしていた日本人の友人を景色がきれいなアンネの家に連れて行ったことがある。3人でチャイを楽しみ、少ししたら、アンネが
「私はあちらの部屋に行くから二人はゆっくり楽しみなさい。」
と言って、去っていった。
30分後くらい、アンネが部屋から私たちに呼びかけた。
「ごはんできたわよー。食べなさい。」
ほんとにかわいらしい好奇心旺盛の子供たちも、なぜなのかおもてなしの技を、これは生まれながらと環境がそうさせたのだろう、しっかりともっている。
仲良くなると、なけなしのおこづかいで、プレゼントを買ってくれる。お気に入りなはずなのに、「思い出、忘れないでね」とプレゼントしてくれる。
トルコ人は人を、ましてお客様を一人にさせない。
誰かが、子供までいつも近くにいてくれる。
道に迷えば、説明だけじゃなくその場所まで足を運び、自分が行けない場合には他の人に頼むことを忘れない。
少し話すだけで、家へ招待してより一層のもてなしをしようとしてくれる。
日本であった、トルコ人の女の子がいた。
トルコでは外国から来た存在として、もてなしてくれるのが、彼女がとった行動は、会えたことに対して、プレゼントをくれたのだ。
自分の首に巻いていたスカーフを私の首に付け替えてくれた。
旅人だけではもちろんなく、おうちへのお客様に対しても、そのおもてなしの姿勢を忘れることはない。
「おもてなし」と言うと、何かものを出したりする形を想像しがちだが、実際そうでありながらも、それ以上におもてなしの心を感じずにはいられない、トルコ人のやさしさ。
「トルコ人が人をつかう」
あるときにトルコ人である私の彼が言っていた。
「日本人は困っていても助けようともしてくれない。」
恥ずかしさからその手をうまく差し伸べられない人もたくさんいるので全くそうだとは思わないが、トルコ人に比べたらそうなってしまうかもしれない。
いい言葉で言うとお互いが助け合う。それが日本人にとっては「利用」と言う言葉になってしまったのか・・。お互いをより「利用」して作られるビジネスから感じた「トルコ人」だからそうだったのか、私にはわからないけど、そして、全部が全部そうだとも思ってはいないけれど、前者であってほしいし、私はそうだと信じている。
きっと、こちらの差し伸べた手は、形を変えてもっと大きな手になって差し伸べられるだろう。
イスラム教を否定的に感じている方がたが、残念ながら多くいらっしゃる。
私も「イスラム教になれ」と言われて、「はい」と即答できる人間ではないが、このトルコ人のやさしさの根底には、その信仰心の深さからイスラムの教え「お客様は神様」という人を思いやるすばらしい言葉があることを忘れてはならない。





03/04/04
私のために作られた料理
おうちのお母さんが昼からずっとたくさんの
料理を作ってくれた。
すごくおいしかった。作り方を聞くと嬉し
そうに丁寧に教えてくれた。
友達からのプレゼント
トルコから送られてきた。
友達が買ってくれたトルコの食べ物
一緒にスーパーに行ったときに、私が興味を
示すもの全てをかごに入れようとした友人。
断ったけど、いつの間にか買っていて、他の
お菓子とともに袋いっぱい私のバッグに詰め込んだ。
友達のおうちで頂いたもの
こちらがたくさんのお礼をしなくてはいけない
ような状況で、彼がこう言って渡してくれた。
「君の喜ぶものではないかもしれないけど、
よかったら持って行って、プレゼントだよ。」
と、部屋の本棚に飾ってあったこの置物をくれた。
これにはあなたの旅行の思い出があるのでは?
これは
頂いたものはもちろんこれだけではない。
もっともっといろんなたくさんのものを頂いた。
何よりも形に変えがたい、少し忘れかけていた
ようなものも、抱えきれないほど頂いた。
私にそれができるのか、そうなれるのだろうか。